コラム -column- 愛する人の遺骨と旅をする
―「星の旅人たち」に見る弔いのメソッド―

散骨、と聞くと海、山、または川など想い出の場所で遺灰や骨を撒くことを思い浮かべるのではないでしょうか。実際には山や川は誰かの土地であることが多く、最近では海洋散骨が最もポピュラーな散骨方法として、日本でも知られるようになりました。

しかし、視線を海外に移すと散骨は珍しいものでもありません。というのも、未だ土葬文化の残る海外の葬礼では収骨はしないため、遺体は高温で火葬され灰になります。遺灰はその後教会や墓地に撒くのが火葬の流れ。日本人と違って、お墓に骨を納める文化がないことも散骨が自然に行われている理由のひとつです。

愛する人の遺骨と旅をする―「星の旅人たち」に見る弔いのメソッド―イメージ

海外の映画では、亡くなった友人や家族の遺灰を撒くシーンがよく描かれます。2010年公開のアメリカ・スペイン合作『星の旅人たち』という作品は、息子の遺灰を携えた父が旅をする物語。監督は、アメリカの俳優エミリオ・エステベス。彼が実父マーティン・シーンを主演に起用したロードムービーです。

マーティン・シーン演じるカリフォルニアの眼科医トムは、ある日、放浪の旅に出たままの一人息子が聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラで亡くなったと知らされます。息子の遺体を引き取りに行ったトムは、遺品のバックパックを背負い、ダニエルが辿るはずだった巡礼の旅に出ます。そして、行く先々でダニエルの遺灰を撒くのです。

愛する人の遺骨と旅をする―「星の旅人たち」に見る弔いのメソッド―イメージ②

冒頭からしかめっ面で怒ってばかりいたトムですが、同行の巡礼者達との関わりや様々な局面を経て、自身の信じ切っていた正しさや価値観が変わりはじめます。ラストシーン、遺灰を美しい海に撒いたトム。その傍らに現れたダニエルの幻に「持って帰るものはなにもないな」と語りかけます。するとダニエルは「あるさ」と答えるのです。

行く先々で遺灰を撒き、その度に小さく、少なくなっていく息子。それは散骨という弔いを選んだ人々が、否が応でも味わわなければならない痛烈な現実感です。私たち日本人は、慣習的にお墓に納骨をする文化に育っています。お墓に行けば骨がある。言い換えれば、骨という対象があることに安心しきって故人を想うことを辞めてしまう、平気で忘れてしまうことも往々にしてあるのではないでしょうか。

故人に物理的に触れることはもう叶いません。けれどダニエルが答えたように、すべての遺骨を手放したはずのトムは何も喪ってはいないのです。トムは骨と引き換えにかけがえのないものを得たのでしょう。それは、彼がこれから生きてゆく人生ではないでしょうか。

弔いとは、果たしてどんなことを言うのでしょう。

死んだ人を想うこと?
もしもそうならば、それはきっと、生きる人が想うこと。